ばーちゃんが死んだ

ひまわり畑
祖母が亡くなりました。

母から連絡をもらった4時間後には、実家の祖母の部屋に駆けつけることができました。新記録です。

月並みな表現ですが、ベッドに横たわっている祖母の遺体はきれいなもので、まるで生きているようでした。すぐに起き上がって、いつものように大声で

「帰ってきたんけぇ~!お~ご苦労さん!」
(※訳 帰ってきたのか孫よ。大変ご苦労であった。)

と言ってくれそうでしたが、すっかり冷たくなった祖母は何も言ってくれませんでした。
とにかく豪快な人だったので、心霊現象ぐらいは起こしてくれるかと期待したのですが。

強いていえば、どうみてもヤクザの下っ端にしか見えない私の兄が、部屋の隅っこで泣いているのが怪奇現象でした。
見た目はチンピラでも、ばーちゃんの前ではただの孫ですね。私も兄も。

両親が共働きで、ほとんど祖母に育てられた私には、母が亡くなるのと同じくらいの衝撃でした。

祖母は豪快で、
口が悪くて(よくテレビを見ながら、芸能人に文句を言ってた。そのくせテレビが大好きだった。)、
働き者で(私と同じで、じっとしていられない)、
家族のことばかり考えている人でした。

後日、祖母の日記が見つかりましたが、そこに書いてあるのは孫のことばかりで、
兄が運動会で1番になったとか、私が風邪を引いて医者に行ったとか、そんなことが何年分も書いてありました。
自分のことはほとんど書いておらず、9割が孫のこと、残り1割は家族への感謝の言葉でした。

日記の最後には遺書の下書きのようなものが書いてあり、

・自分が倒れても、延命治療はしないこと
・自分がガンになっても、手術はしないでほしいこと
・みんな仲良く過ごすこと
・今が一番幸せであること

と、見事に「家族に迷惑をかけないため」のこと、「みんなへの感謝」しか書いてありませんでした。

祖母は後日、本当にガンになってしまいましたが、治る見込みがないと分かると、治療も入院も一切拒否して、家で過ごしました。
ガンは肺にも転移していたので、医者からは「徐々に呼吸ができなくなって、ものすごく苦しむ」ことを伝えられていましたが、祖母の気持ちは変わりませんでした。
家族としては、むしろ迷惑をかけて欲しかったのですが、祖母は頑なに入院を拒否しました。
おそらく、自分の周りにもたくさんの人が寝たきりになっているを見ていますから、自分がそうなるのだけは許せなかったんだと思います。ばーちゃんはそういう人です。
後で分かったのですが、いよいよ自分が動けなくなったら、面倒を見てくれる施設に入れるよう、準備を進めていたようです。当然家族に反対されるのを分かっていて、こっそりと手続きをしていました。お通夜に来てくれた祖母の友人の方が教えてくださらなかったら、今でもそんなことは誰も知らないままでしょう。

祖母は最後まで、自分の人生を自分でコントロールしました。人生の舵を手放すまいと努力していました。
誰かに生かされることを嫌い、家族の世話になることを嫌がりました。家族が面倒を見させろといっても拒否しました。
家族に迷惑をかけることを嫌がったのです。家族がそれを望んでいても、自分がとにかく嫌だから、それを拒みました。
自分が生きることに関して、誰にも迷惑をかけまいと努力し、それを貫きました。

祖母は、家族や友達のことをとても大事にしていました。
働いている両親の代わりに、いつでも私と兄のそばにいてくれました。
離れて暮らす祖母の姉妹、親(私の曾祖母ですね)の元にしばしば遊びに行って、最後まで仲良くしていました。
家族や親戚も知らない友人がたくさんいたようで、お通夜に来てくれた方々から、家族が知らない祖母の話をしてもらいました。

祖母は我慢強い人でした。
祖母が辛いとか苦しいと言っているのを、ほとんど聴いたことがありません。
最後の肺ガンは、文字通り「死ぬほど」苦しかったはずですが、祖母は何も言いませんでした。

祖母は働き者でした。
孫2人の面倒を見ながら、パートに行き、内職をして、庭の手入れも欠かさず、時々趣味の縫い物や作り物をしていました。
病気がひどくなって初めて、祖母がボーッとしている姿を見ることができたぐらいです。それもあまり長い時間ではありませんでした。
亡くなる1週間前まで、家の掃除をしていたと聴きました。

祖母は感謝することを忘れない人でした。
祖母の日記は、感謝の言葉がたくさん書いてありました。
下書きでない、遺書(というか手紙)は、

(姉妹へ)「仲良くしてくれてありがとう」
(両親へ)「最後まで付き合ってくれてありがとう」

と、感謝の言葉で締めくくられていました。

祖母は素晴らしい人生のお手本を見せてくれました。
正直、ショックが大きすぎて辛い。思考をまとめるためにこの文章を書いていますが、時間がかかる割にまとまりません。頭がモワモワする。
でも、モワモワしててもばーちゃんに

「おめさんどーいんて!しっかりはたらきなっせ!」
(※訳 あなたは何をしているのですか。しっかり働きなさい。)

と言われてしまいそうなので、しっかり踏ん張っていきたいと思います。

そういえば、今度産まれる私の子の出産予定日と、祖母の誕生日が1日違いです。
生まれ変わりがあるのかどうか分かりませんが、働き者でテレビに悪口を言う子が産まれてくれればいいな、と思います。

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コメント

  1. ウォンカ より:

    ありがとうございます。
    久しぶりに実家帰ります。

    素敵な記事でした。

  2. […] ちょっと前にばーちゃんが死んだ時と同様、イマイチまとまりのない話を書くことは間違いないので、最初に言いたいことをまとめておきます。 […]

  3. yamamoto より:

    はじめまして。「昼食抜き」でググっていて、この記事にたどり着きました。仕事の昼休み中だったのですが、読んでいてウルウル(;O;)
    祖母様はとても素敵な方だったのですね。
    私の好きな映画の中のセリフ「I am the master of fate, I am the captain of my soul」 を思い出しました。 我が運命・我が魂の支配者は私であると。。。 そして、常に周りに感謝して生きてこられた祖母様に心から尊敬の念を抱きました。   私もこのように人生を過ごしていきたいです。  突然のコメント失礼しました。。