思い出はいつもキレイだけど
学生の時に、東海道五十三次を徒歩と野宿だけで旅をしていたことがありました。
昔の自慢話はしない
真夏の炎天下の下、20キロ近い荷物を背負って延々と歩いてたんです。これはただの自慢ですが、当時は今より20キロぐらい痩せてて、富士山を鼻歌交じりで登頂して、そのまま帰って散歩するぐらいの体力がありました。それでもこの旅はきつかった。一日20キロ歩いて、17日ぐらいかかりました。終わる頃に軽く秋になってた。
で、旅の途中で出会った見知らぬおじいさんが言ってたんですよね。
「東海道五十三次か〜!俺も若い頃はたくさん歩いたよぉ。◯◯県から京都に出て、そのまま寝ないで大阪まで歩いてなぁ〜」
おじいさんの回想をもとにざっと計算しただけでも、時速12キロぐらいで休まずに24時間歩き続けることになるんですよ。時速12キロって自転車並みですからね。しかもノンストップ。昔の人が丈夫だからって、いくらなんでも普通に死ぬんじゃないかな。
思いましたね。思い出ってのは必ず美化されるものだと。
これから私が何をどう頑張ったって、絶対に脳みそは衰えていくし、記憶もガンガン曖昧になっていくんです。
うっかり昔の自慢話をしようものなら、無意識のうちに盛りまくった恥ずかしい話をしてしまうようになると。
私も30を過ぎて、気をつけないとおかしな話をしてしまうかもしせません。気をつけよう。
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